おかえりなさい
熱帯夜が続いて、ペンを走らせる手は止まって、どこにいても暑くて汗だらだらで困ったなあ。北海道も何日も30度を超える日が続いた。でもまあ、そこは北海道、日が暮れると心地よすぎるほどの夏風が吹いている。朝6時に近くの幼稚園に行ってラジオ体操することはなくなったけど、ハンコを押してもらうために列に並んだあのドキドキは、いつになっても忘れないもんだなあ。最初で最後の30歳の夏は、子供の頃に思い浮かべていたものではないけど、負けず劣らず、これはこれでいいものと思っている。
8月2日、広島ヲルガン座、ふわり浮かんでる夢のようだった。
弾き語りワンマンで回る暗転ツアー、2本目広島公演。チェックイン時間前の宿に行き「今日泊まらせていただくワタナベです、荷物を預かっててもらえますか」と慣れた口調でフロントに確認。「ワタナベさま本日ご一泊喫煙ルームでご予約いただいており、、、あ、ごめんなさい禁煙ルームでした、禁煙!ごめんなさいねえ、禁煙です、禁煙ルーム!」と少しご年配の女性の方が対応してくれて思わず微笑んでしまった。全く関係もないし似てもいなかったが、北海道の親戚たちに会いたくなった。みんな元気にしてるのかな。
荷物を預け、徒歩で街中まで向かったけど暑すぎてとろとろになり、マネージャー辻が来るまで電気屋さんで涼んでいた。辻が来て、二人で近くにあったつけ麺屋さんでお昼を済まし、ヲルガン座に向かった。4.14の前で懐かしさに胸がキュってなり、ここから始まった確かな物語にしゃがみ込みたくなった。市電と東急ハンズの景色に札幌を重ねた。もう、札幌のハンズは移転してしまったんだ。
ヲルガン座に到着、店主のイズミさんと1年8ヶ月ぶりの再会。「おかえりなさい〜」の一言目に随分と肩が軽くなった。バンドの状況や現状を話しながら、イズミさんもいろんな話をしてくれた。飲みな〜と出してくれた冷たいお茶が、身体中を気持ちよさそうに泳いでいた。
時間になり階段を降りてヲルガン座のドアを開けイズミさんに挨拶して、ステージの椅子に座って。1年8ヶ月前、初めての広島弾き語りでいきなりワンマンをしたあの日より確かに僕は強くもなったし、アホにもなった。暗転初日の京都もめちゃくちゃ笑ったしすんごい楽しかったけど、この日はそもそもふざけまくってしまい、明らかに夏に浮かれていた。僕はずっと夏が遠かったから。だけどしっかり歌えたのは間違いないの。言いたいことも言えた気がする。終わった後に物販で、「僕もギターやってて、今は子供達に教えてて。バンドのボーカルは死んじゃって。でも僕も頑張ります。そんな風に思えました」と、強く優しい目で話してくれた男の人がいた。荷物をまとめ、イズミさんとみなさんに挨拶をしてヲルガン座を出るとき、イズミさんが「いってらっしゃい」と言ってくれた。気分が良かったので、なか卯でうな重をお持ち帰りして、宿について食べてから寝た。早くバンドでまた来たいと思った。
8月3日、福岡CB、大粒涙を流しては空の色すらも変わんだよ。
チェックアウトして広島駅へ向かい、辻との待ち合わせ場所へ。新幹線の改札前にあるスターバックスにふと目をやると大荷物の辻がレジに立っていた。「ごろーさん、これどうぞ〜」と、なんとかフラペチーノというものを僕の分も買ってくれていて新幹線の中で飲みながら福岡へ。ていうか初めて飲んだけどめちゃくちゃ美味しかった。途中に見えた徳山の工場地帯が最高にかっこよくて、山口にもまた早く行きたいなと思った、会いたいかっちょいい兄貴がいる。
福岡について、気温は36度で。コインランドリー行くまでも激闘だった。コインランドリーの中には小さい扇風機が一つ。正直ほぼ意味なし。入り口前の風が通る場所に座りジュースを飲んでいた。すると常連のおっちゃんがきて「中、暑いだろ。俺去年エアコン寄付したんだ、でも、盗まれちまったんだよ、とんでもねえよな」って嘆いてた。でも「俺はここしか洗う場所がねえからな、まあ仕方ねえんだ。でもエアコンはつけて欲しいな」と言っていた。おっちゃんにとって大切な場所、自分で守っていきたいもんな。
CBに戻ると、飛行機で来た札幌メンバーたちがついていた、なんだか久しぶりだ。対バンのircleと2もきて、リハをして、あっという間に開場した。ircleの音楽とライブ、そしてボーカルとして僕は河内さんに、何度も救われてきた。特にここ2年くらいは、節目節目で彼らにボコボコにされ抱きしめられてきた。メンバーが抜けて一人になり、それでも笑ってくれたのがircleだった。僕にはあんな風に歌えるわけもなく、あんな風に男らしくステージに立つこともできず。だけど必要だった。
2とはようやく、初めての対バン。だけど物語は7年前に遡る。古舘くんがThe SALOVERSというバンドをやっていた頃2012年5月に札幌で対バンしてその後札幌で弾き語りで2マンをした。りょうちとしんのすけくんがやってたポニーテールスクライムとは、何度か対バンして最後に共演したのは2013年。そしてゆっこは言わずもがな、2をやるまで札幌でバキバキ叩いていた。それぞれのバンドに幕を閉じ、環境も状況も変わり、次のステージへ。それが2だ。このタイミングで僕が2とやれないと、僕は嫌だった。古舘くんは自分のライブが始まるギリギリまで楽屋でずっといろんな話をしてくれて盛り上げていた。楽しかったな。
2とはようやく、初めての対バン。だけど物語は7年前に遡る。古舘くんがThe SALOVERSというバンドをやっていた頃2012年5月に札幌で対バンしてその後札幌で弾き語りで2マンをした。りょうちとしんのすけくんがやってたポニーテールスクライムとは、何度か対バンして最後に共演したのは2013年。そしてゆっこは言わずもがな、2をやるまで札幌でバキバキ叩いていた。それぞれのバンドに幕を閉じ、環境も状況も変わり、次のステージへ。それが2だ。このタイミングで僕が2とやれないと、僕は嫌だった。古舘くんは自分のライブが始まるギリギリまで楽屋でずっといろんな話をしてくれて盛り上げていた。楽しかったな。
僕らのこの日のテーマは「男らしく」。僕がみんなに掲げた。2とircleとの夜におふざけはいらないし、笑顔もいらない。己の本当のところで立ち向かおう。だがしかし蓋を開けてみた結果、スマイルにスマイル。はあ。あれは一体なんだったんだ。きっと、いや少なくとも、男らしいライブではなかったかもしれないちくしょうー!!でも、間違いない、心底楽しかった。面白かったんじゃなく、楽しかったのだ。万事オーケー。これが今のボイガル。明転4本目だったけど、それまでのどれとも違う、一話完結イズムは健在だボイガル。僕らだけのライブができた。陽炎で、たった一人お兄ちゃんがダイブしてきた。あのお兄ちゃんの顔が忘れられない。僕の記憶が正しければ、福岡でのライブで客席からダイバーが出たのは初めてな気がする。
ふるさんと、みかどと、ポルノが、とてもいい顔をしていた。打ち上げも爆裂、みんなで仲良く真夜中の福岡を歩き宿に向かった、3時前くらいだった気がする。みかどは翌日札幌で15時からライブのため朝6時前に一人宿を出て行ったらしい。直行便じゃ間に合わないので東京経由の飛行機乗り換え。ありがとな、みんな。自分のバンド、生活があるのに、本当にありがとうな。2とは10月高松でも一緒、ハンブレッダーズとの夜になる。今から泣きそうだ。
明日は暗転、札幌。札幌、帯広、旭川と暗転が続く。
そのあと、23日札幌でザ50回転ズとギターウルフと3マン。メンバーは札幌メンバー。勝ち負けならば負けたくない。一本も逃せない、力を貸して欲しい。
24日、苫小牧活性の火。メンバーは札幌メンバー。
26日、札幌でircleのイベント、これは弾き語り。やるのみ。
僕の音楽はヒットしないし大きな世界に羽ばたきもしないが、僕の目の前に広がる小さな世界で、僕の小さな音楽により、誰かが零した何かを掬うことができるのならば、何度破れそうになったとしても、僕は何度でもチャレンジしたい。
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