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「SONG FALLS TOUR」旭川

はじめてライブハウスに行った日のことが俺には強烈すぎて、今も頭からずっと離れない。ブログだったり色んなところでこの話はしてるから省略するけど、悪く言えばある種のトラウマだし、よく言えば最高の一瞬だった。

1年ぶりの旭川、世話になってるカジノドライブ。PAのブンさん、照明のミクちゃん、リハからバッチリかましてくれてる。今日だけのライブをする、その気持ちだけはいつも思っている。前日に引き続き、-KARMA-とズーカラデルと。そしてオープニングアクトにThe Big Mouth。ビッグマウスは、HPに「出演させていただけませんか」と熱く丁寧なメールをくれて、出演してもらうことになった。そして彼らは20分という短い時間で、めちゃくちゃ最高なライブをしてくれた。本当に出会えてよかった。
そして、カルマとズーカラデルもナイスライブをしていた。当たり前だ。


俺はこの日ライブを始める前に「今日が初めてのライブハウスの人はいるか?」と聞いた。「はい」と小さな声で手を挙げた人がいたので前の方に来てもらった。名前を聞くと「タカハシです」と教えてくれた。会場の150人が俺とタカハシに注目している。タカハシは、ボイガルのロンTを着ていた。初めてのライブハウス、初めてのボイガルのライブ、まさかこんなことになるとは思ってもいなかったはずだ。俺もだ。俺も「俺なにやってんだろう」って思っていた。馬鹿。
そんな俺は、タカハシにある指令を出した。それに戸惑うタカハシ。無理もない、正解がわからないから。そして誰も正解がわからない。俺もわからない。ていうか正解はない。それが怖い。これからどうなっちゃうんだろう、そんな感じ。これからどうなるかわからないなってことだけが、わかってることだったな、あの瞬間。
それでもタカハシは、勇気を出して、本当に勇気を出して、その指令に飛び込んで見せてくれた。タカハシを合図にボイガルの1音目が爆音で響き渡る。今日だけのライブ、今日だけの物語、ビッグマウスとの出会いがそうさせたように思う。

ライブの見方なんて、どうだっていい。いつも言っているけど、手がパーでもグーでもチョキでもいい。歌えても歌えなくてもいい。泣いても笑ってもいい。大事なことがちゃんとあるんだったらかっこよくてもかっこ悪くてもブサイクでもいい。昔から知っている人、最近知ってくれた人、どっちが偉い正しいなんてない。…

「SONG FALLS TOUR」釧路

生まれてから今までの思い出を掘り返せば、きっと積み上げられたCDよりも高いものになるような気がする。それくらい、釧路という街は俺にとって近く、そして遠い場所です。ばあちゃんも、じいちゃんも、死んじまった。天国まで届けれるようなCDのツアー、空の上でばあちゃんとじいちゃんが恥ずかしくならないライブをしようと個人的に意気込んでいた。

共演は北海道の2組、-KARMA-とズーカラデル。どちらも釧路でのライブは初めてだったらしい。出演してくれたこと本当に嬉しく思う。カルマは現役高校生、釧路までの長距離と翌日は旭川ってことでうちの車に乗せて朝、1台で釧路へ向かった。途中で、ズーカラデルのベース鷲見に電話をした。その直後、ズーカラデルのボーカルノブから電話がきた。いい感じである。釧路について、カルマと一緒に泉屋本店へ行き、スパカツを胃に放り投げる。釧路にいる、そう強く感じたな。 1年ぶりの釧路、広いナバナスタジオ。始まる頃には日が落ちてきて、オレンジの灯りが水面に零れはじめていた。あくびをして涙をためて、ゆらゆらとぼんやりさせて、俺たちはああでもないこうでもないと歌い合い、愛でもない恋でもないと握手を交わす。 決してパンパンにならないフロアには、必死の思いでここに来てくれた方達の命がひとりでに踊る。それが全てだ、来てくれてありがとう。ポスター貼りに協力してくれた方達の顔がよぎる。俺にできることは、これっぽっち。
口ずさんでくれている人がいる。後ろで拳を上げている人がいる。最前列でグッと唇噛み締めている人がいる。ゲラゲラ笑っている人がいる。ソングフォールズが確かにこの街にもあったのかと思うと心がぎゅっとなった。 一話完結、釧路だけのライブ。終演後声をかけてくれた男の子は、「芦野に住んでてよかったです」と笑ってくれた。いいこと教えてやろうか、芦野には、ゆきおばちゃんが住んでるんだよ。
ライブが終わると、右膝からスネにかけて激痛が走っていた。どうやら最後にガシャーンってなった時らしい。カイトが「すごい落ち方してたよ」と教えてくれた。まあ、いいんだよ、どうってことない。と言いつつずっと痛くて、本当に痛くて、ちょっと本当にやばいかもって思った。だけど帰りにナバナのみなさんがでっかい氷用意してくれて、「これで車の中で冷やして帰って!」と渡してくれた。優しさはあったかく、氷は冷たく、畜生ま…

インストアの3デイズ

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9月5日にニューシングル「ソングフォールズ」が発売した。たった4曲だけど、目に見えないものがたくさん詰まってしまったことによって、これは誰かの何かにきっとなるんじゃないだろうかって心底思えた作品。届いてほしいなと思えた作品。

北海道に帰ってきて間髪入れずにインストアイベントが3日間続いた。

28日、札幌音楽処
この日はこちらの都合で、俺とトモヤさんの二人体制での公演。「札幌に音楽処あり」ってほど、おんどこは俺たちにとって大切な場所。お店なんだけど、お店っていうより「大切な場所」って感じなんだよな。前のバンドをやっていた時も、自分たちで作ったCDを持って行って、置いてください!って頼んだりして。その度に店長の石川さんが「はい、頑張りなさいよ!私たちも頑張るからね!」って檄を飛ばしてくれて。ボイガルになってからもいつも応援してくれている。そんなおんどこで、トモヤさんと二人でライブ。
トモヤさんと出会って10年が経って幾度となく二人でふざけたりしてきたけど、一本のライブを最初から最後まで二人でやるっていうのが実は今までなくて、ワクワクと緊張。でも俺とトモヤさんが組めば、どこにも負けるわけがないのでね、はっはっは。軽く打ち合わせをして、あとはもう本番の阿吽の呼吸でよろしくやりましょうってな具合で、大爆発。今でも思い出し笑いするほど出会った中で一番くらい心に残り続けるトモヤさんだったし、二人でライブするのこんな楽しいのかって思ったくらいライブも最高だった気がする。結果的にソングフォールズから2曲、即興2曲、トモヤさんの曲2曲というとんでもないセットリストだったけど、俺とトモヤさんなのでね。あれがあの日のソングフォールズだもんね。音楽処、いつもありがとうございます。





29日、函館蔦屋書店
朝、車を借りてメンバー拾って久しぶりの函館へ。今回のツアーで函館にいくことができなくて、でも函館蔦屋さんがいつも何かあれば展開広げてくれたりで感謝してもしきれずで、インストアでよければお邪魔させてくださいとなり、是非きてくださいと言っていただけて。嬉しかったなあ。ただ、函館も数回しか行ってないし、そもそも一年以上空いてしまっている。忘れてしまった人もいるだろうなって思ってたし、でも、知ってくれた人もいるだろうなとも思ってた。スタート時間にステージに行くと出していた椅子は埋まっていて、届いてい…

「SONG FALLS TOUR」広島

22日
福岡から広島までの道、流れる景色もだいぶ見慣れたもんで地図と照らし合わせながら窓の外を見ながら向かった。車でも飛行機でも電車でも新幹線でも基本的に寝ることができないので、夜は夜の良さもあるけど日中の移動の方が好きだな。

会場のBACK BEATの横で、一人の男の子が声をかけてくれた。「シンゴさん、俺、武田の卒業生で、2月末にきてくれた時に体育館にいました。あの時ボイガルを知って好きになって、今は大学でギター弾いてます。今日楽しみにしています」と話してくれた。 武田とは、広島県の武田高校のことで、俺たちの「卒業証書」という曲のミュージックビデオの舞台になった学校。あの日がきっかけになってこうやってライブハウスでまた会えたりするってことが俺は心底うれしかった。
BAN'S ENCOUNTERとベランパレードが共演してくれた。多くは語りたくない。認めよう、フロアの3列目から、後ろから、ステージの袖から見た彼らのライブに嫉妬してしまったんだな。だからなるべく視野を狭めて、足元とか手元とか見るようにしたんだ。やだやだ、情けない。何度思ったかわからないもんな、「いいなあ、お前は」って。ただ、そんな風に思える人がツアーに出てくれて共演できてやっぱりそうやって思えて、そこでまた自分を外から見れるきっかけになったということは幸せなことであり、大切なことだ。感謝している。ステージに立つまで色々なことを考えたし、考えさせられた。何のためにここに来たかとか。何を伝えるべきかとか。どんな気持ちでここにいるかとか。どんな人がいるかとか。どうやったらかっこいいかとか。本来考えなくていいようなことまでこの日はずっと考えていたし、考えざるをえなかった。結果的にとっちらかったままステージにたったけど、それ自体は特に問題ではなかったな。周りからのイメージ、求められてるもの、バンズとベランの流れ、何となくわかるんだけどそういうものに応えれる力量があの日の俺にはなかっただけだ。だから、そのままの俺でステージに立つことで、あの日は完成すると思った。2014年11月に「歩く日々ソング」という曲のシングルでタワレコ限定ではあるけど初めて全国流通というものを体験した。それもあって広島にもこれるようになったから、歩く日々ソングは絶対にやりたかった。なんか色々あったな、歌いながら本当にそんな風に思った…

「SONG FALLS TOUR」福岡

6月にircleのツアーできて以来、3ヶ月ぶりの福岡。この街を知って、もうすぐ4年になる。会場のQueblickに到着して、機材を下ろして、前日の汗まみれのジーパンを綺麗にするためいつものコインランドリーへぷらぷらと歩く。気持ちのいい気温と、ちょうどいい空。コインランドリーの前、タバコを吸わない俺は、灰皿の横に置いてある椅子に座ってカルピスを飲んだ。合う合わないじゃなくて、どうしたいかなのだ。

この日は、宮崎のベランパレードと、福岡のIRIKOと。
ベランパレードは出会って5年くらい経つが、この5年はあまりにも濃かった。いくつ街を渡っただろうか俺たちは。何度も朝まで飲んで、何度もすぐ帰って、何度も歌いあって、何度も立ち止まって、何度も肩を組んだ。友達だ。まぎれもない友達だ。「馴れ合いはなんとかかんとか」と飛び交う畑にいるわけだけど、そんなの知ったこっちゃない、ベランパレードは俺の大切な友達だ。何度もライブをしたけれど、こっちから声をかけたのは初めてだ。昨年3月、お互いの街で2マンをした時は完全に同じ気持ちでの合同企画だったから。そんなもんである。友達とはそんなもんである。友達は、去り際が肝心なのだ。この日のベランパレードは、あくまでも俺個人の感想だけど今まで見た中で一番良かった。でも、トモヤさんも直後にめちゃめちゃ良かったと言っていたから、良かったんだと思う。コータがkenだったのが一番最高だった。

IRIKOは出会って4ヶ月経っていない。ほやほや。5月の渋谷で対バンして、グワングワンにされたのが始まり。本当にグワングワンした。今回ソングフォールズツアーをするにあたり共演バンドさんを考えていく中で、もちろんストーリーや気持ちが根っこにないと意味がないってのは最低条件で、かと言ってただ仲良しやただ合いそうとかという気持ちは排除して、というなんとも絶妙なところでやりたくてオファーするのも時間がかかってしまった。IRIKOは、渋谷でやった後にどうしても忘れられなくて、すぐにもう一度やってグワングワンした正体を突き止めたかった。忙しいスケジュールの中、出演を決めてくれたことが本当に嬉しかったし、ワクワクした。メンバーさんの名前もわからないし、5月の時も俺はほとんど喋ったりしていない。だけど、それがどうした、今のボイガルでもう一度IRIKOと交わりたかった、場所は福岡に決ま…

「SONG FALLS TOUR」大阪

前日、てっぺんをこえる直前くらいに名古屋を出発して大阪に向けて車は走っていた。午前3時くらいに大阪についてすぐコンビニに寄った。少しジメジメしていたように思う。そしてそれぞれ買い物をして車に戻ろうと外に出ると、雨がポツポツと降ってきていた。あ、そうだった、大阪は雨が降るんだった。そう言わんばかりに、ここ最近は大阪に来るたびに雨が降る。

9月20日。この日も漏れることなく大切だった。BUGY CRAXONEと、鈴木実貴子ズと共演。会場の心斎橋パンゲアに着くと、一瞬早くブージーが到着していて機材を搬入していた。俺たちもすぐに搬入して、リハーサル前に空いた時間で楽器屋とコンビニへ。角を曲がると実貴子ズの二人が道に迷っていてパンゲアまで案内した。実貴子ズとは、個人的には4月の鑪ら場ぶりの再会だった。

感情って尊いな。
まだ40歳のブージーゆきさんと、俺と同い年の実貴子ズのみっちゃん。この二人と歌い合えたことは俺にとってどんなものなのか、上手い言葉は見つからないが、尊いことは確かだ。「曲をやりたい。私は曲をやりたい。」というみっちゃんの言葉が、ぶっ刺さった。
俺も、こぼさないようにライブができた気がする。


みっちゃんが帰り際、ねえ、ねえ、と言って1枚のCDをくれた。俺は、ありがとうと言って受けとった。みっちゃんといさみさんは、最後笑って帰って行った。ブージーと打ち上げ。みんな子供みたいで、でもやっぱ寛大で、こんな風に歳を取れたらなって思った。

止んでいた雨が、また少し降り始めていた。
宿について気づいたら眠っていた。
どんな夢を見たかも、覚えていない。

「SONG FALLS TOUR」名古屋

ちくしょう!すぐ残そうと思っていたのに、日が空いてしまった。

14日の仙台が終わり、16日もなんやかんやあり、17日は渋谷でライブ、18日はインタビューとラジオ、そして19日が名古屋R.A.Dでソングフォールズツアーだった。午前中に機材車が出発し、幾つかの街を越えて名古屋に入った。
名古屋の空は相も変わらず、愛は図らず、無数の飛行機雲が伸びていてため息が出た。変わってないね。

WiennersとBUGY CRAXONEという2組と。
どちらも大先輩であり、その背中は大きすぎるものでした。R.A.Dの楽屋までの外の階段を上ったところに小さな椅子と小さなテーブルがあって、始まる前にそこに座ってだんだんと暮れていく空をぼーっと見ていた。するとブージーのゆきさんがてくてく階段を上がってきて、もう一つの椅子に座った。そこでゆきさんは「唐揚げってすごいちょうどいいよね」という話をしてくれて、ケタケタ笑っていた。緊張していた俺はそれだけですっと軽くなったし、単純だなあと自分でも思った。ゆきさんはそんなつもりはなかったかもしれないけど、先輩の優しさみたいなものを勝手に感じた。
Wiennersもブージーも爆発していた。俺たちは確かに、この2組を名古屋に呼んだんだ。

久しぶりの名古屋、俺は一番最初に「いつかこの街でワンマンをやりたい」と言って、ライブをスタートさせた。それからのことはあまり覚えていないけど、最後にフロアの後方にいたWiennersのごろーさんにグータッチしに行ッタト機に笑顔で拳を出してくれたのは覚えている。そして今までで一番と言っていいくらい、フロアからの歌声がすごかった。最初から最後まで一緒に歌ってくれとは言わないけど、歌えるしここなら一緒に歌っても良さそうみたいなポイントがあるなら歌ってくれて構わない。そのポイントがこの日の名古屋は炸裂していた気がする。かっこいいぞってすごく思った。ただ、ケントボーイズのソロの時に掴みかかったお兄ちゃんがいてあれはさすがにムカついたから注意した。きっと、彼も高ぶって勢い余ってしまったところもあっただろうけど、後ろから見る限り掴んでいたように見えたし結果的にそのあとあいつは転んでしまって中々演奏に復帰できなかったから、曲が終わった後に「俺の大事なメンバーだ、気をつけてくれ」と静まり返った会場で話した。彼はめちゃめちゃ反省した顔で「…