投稿

8月, 2016の投稿を表示しています

最低な一日

イメージ
昨日の話。開催ギリギリまで待ってはいたけど、どうやら今年も石狩での夏はお預けみたいで。ここ5年くらいは、「もう出るまで行かない」と決めてしまったライジングサン。まったくロックバンドなんてやらなきゃよかった。ということでライジングサンの日はガラ空きな僕。今年も例によって、豊平川でダラダラ過ごして最低な一日だなあってげらげら引きずるような日にしてやろうと思い、「最低な一日」というテーマで豊平川へ。しゅんたろうを誘ったんだけど、僕が当日の朝「諸用ができてしまって、いつ終わるかわからないので中止で」と一度ドタキャン。しかし昼過ぎに、これは16時なら開催できると気づき再度しゅんたろうに連絡、時すでに遅し、しゅんたろうは友達と夏の思い出へ。がーん。僕はひとりでもいいがとも思いつつ、きっと最低な一日にしたいなあって思ってる人は数人いるだろうと淡い期待を信じ、13時頃ツイッターへ。路上しますとも言わず、誰にも何にも期待せず最低な一日にしたい方は豊平川へと。16時に幌平橋について、川沿いを北上。遊具があるあたりで落ち着いて、ポツポツと人が集まってきた。ビールを買ってきてくれた人、グローブやボールを持ってきてくれた人、リンゴジュースやお茶や紙コップ持ってきてくれた人、お菓子やデザート持ってきてくれた人。ピクニックでもないし、キャンプでもなく、もちろん夏フェスには程遠く、じゃあこれ何だろうと考えた結果、やはり、最低な一日だねってことだった。快晴。もう、僕はこれだけでいい、今日はこれだけでいい、こんな最低な一日をこんな少人数で過ごせるのなら、もうなんだっていいやって心から思った。16時半頃、若いお母さんとお子さん二人がこちらに来た。お母さんが僕の方に来ると、「わ、本物だ〜…」なんて言ってて。そんなそんな。するとお母さんが、「○○ちゃん、知ってますか?わたし学生のとき同級生で」と教えてくれた。僕の地元の女の子とどうやらお友達だったらしく、こんなところでその子の名前聞くと思ってなかったから、びっくり。てことはお母さん、僕と同い年なんだねなんて言ってるうちに、お子さんふたり、走り回ってて。お姉ちゃん5歳、弟3歳。弟の方が、先に僕のところにきて、持ってきてたプリキュアを見せてくれた。これは星だよ、これはカバンだよ、これは星だよ、これは靴だよって。全部教えてくれて、ありがとうって伝えた。最初なかな…

ひとりじゃ何もできなかった

イメージ
基本的にひとりが好きだし、何かをひとりでやるってことが好きなので、ひとりで何でも決めれるし動ける。でも別に誰かと何かをやるのが嫌いかって言ったら全然そうじゃないし、むしろ同じところを見つめて誰かと何かをやれるってとても素敵だからそれはそれでとっても大好き。たくさんの人と同じ時間に同じような過ごし方でそれぞれの感情を抱きながらその空間に入れるのも好きだし。でも例えば混んでいる電車とか、休日の渋谷スクランブル交差点を大勢で渡るあの感じとか、花火大会の打ち上げ付近で警備員の人が警備しながら人の流れに沿って辿り着いた場所で見るみたいなのが苦手で。そんなことしたことないんだけども。面倒な人間だな、ああ言えばこう言うし。将来、子供とかがもし出来て「父ちゃん、花火大会近くで見たい!」とか「スクランブル交差点を5往復したい!」とか言われたらなんて言おうかな。「いや、ちょっと待て!一回落ち着こう、な?」とか言ってごまかせるかな。いや、そこはごまかさず、父ちゃんいいとこ見せたほうがいいかな。ま、いいか、そんなことはどうでも。子供にはとうちゃんって呼ばれたいな。いや、とりあえずもういいか、この話は。

6日、大阪梅田クラブクアトロ。悔しかった去年を引きずりながら会場入り。いきなり37度はちょっと厳しかった。ちょうど一年前、同イベントで場所は同じ梅田クアトロで、物販で一人の男性がいきなりCDを僕に突きつけてきた。「これ、聞いてください。聞かないで捨ててもいいんで。」と。その男性とはそれが初対面だったし、なぜ僕にくれたんだろうと思ったし、なぜそんなことを言うんだろうと思った。僕はありがとうございますと受け取り、札幌に帰ってから聞こうと思った。それが、6日の一番目に出ていた河内REDSのギターのマサチカだった。もちろんその時は名前も何も知らず。あれから一年が経ち僕はようやく彼の、彼らのライブを見た。どんなライブするんだろうなと、最初は一番遠くから見てて、3曲目くらいから、僕は気づいたらマサチカ側の前から3列目ほどの場所にいた。彼は完全なギタリストだった。所謂ロックンローラーだった。細いズボンに、首元切ったTシャツ。エフェクターは、ボリュームのつまみ。ああ、完璧だ、完璧だ。何度もそう思った。顔がフックに似てるなあと思いながら、札幌のりゅーに会わせたいなとか思いながら、僕は彼に見とれていた。途中で…

それだけの理由

ひとりでいると、8月は不安になる。この先ずっとやっぱりきっと、何度でも思い出すだろうし。毎日このこと考えてるし、思い出してしまう。3年前の今日は旭川でライブの日で、僕は声が出なくなって病院のベッドの上にいた。あいつら三人で大丈夫かなって心配で。二年前の今日は大丈夫で、三日後には自分たちのCDが初めてお店に並ぶってドキドキとワクワクに襲われている頃。「すべてはここから」という歌のシングルを110円で北海道限定で出す直前だった。一年前の今日は、大阪から東京に移動した日、僕は二年前と同じように声が出なくなり「明日病院行きたくないなあ。どうせまた、歌っちゃだめとか言われるんだろうな」って思っていた。結果的にその通りになってしまったんだけども。僕は8月になると歌が歌えなくなる。結構な可能性で。もうあんなの嫌だ。これまさか、一年おきにこうなるとかじゃないよな。いや、縁起でもないこと言うもんじゃないな、そうなったら演技でもして越えてみせますが。今週末の6日土曜日、久しぶりの大阪。場所は梅田クアトロ。10月に川崎で行われる「SET YOU FREE SUMMER FESTA2016」に向けての前哨戦。その名も「SET YOU FREE SUMMER FESTA2016~ROAD TO SUMMER FESTA-WEST」。長い。でもそういうことです。この道はこの先で待っている夏に続いているかもしれないぞって、そしてそれは今年だけの話じゃねえぞって、そういうことなのかもしれない。僕らはこのロードトゥWEST、去年もトリだった。8月2日だった。前日のロッキンが終わって、当日大阪に入った。思えば結局このあたりの一週間くらいはずっと悔しかったな。この去年の8月2日、トリの僕らの時にはお客さんがグンと減って。でも残ってくれた人が確かにいるってことが本当に嬉しくて嬉しくて、うまく言葉にはできない感情だった。でもやっぱり悔しかったなあ。僕は10月に待っていたサマーフェスタを完全に意識していたから。ロードトゥサマーフェスタっていうくらいだから、ここでトリをバッチリ決めて、10月もトリやるんだって。でも10月、トリじゃなかった。トリは四星球だった。僕にとってセッチューフリーサマーフェスタは、甲子園であって、トリじゃなきゃいやなんです。全国制覇しなきゃ嫌で。2014年に出た時、僕らは三年連続三回目の…

それはなんて青春

「寂寞の果て #4」は28日に無事終わった。22時半退館予定だったけど、僕らが「今日はありがとうございます」とCOLONYに挨拶して外に出たのは、24時を回っていた。リハーサルが終わって色々準備して確認して、それでもやっぱり思い通りにはできなかった。というか、そもそも、思いも追いついていなくてどうなるかわからなかった。オープンして、お客さんが入ってきているのをステージ袖に座りながら感じていた。この日限定で用意したTシャツ、すぐ買ってくれた人もいたみたいで嬉しかったけど、全部は売り切れなかった。余ったやつが部屋にあって、一枚寝巻き用にもらった。どうしたらいいか、どうなるのか、そんなのいつだってそうだ。僕はそのままステージに上がる。それが僕のやり方である。頭からつま先までハッピーな時もあれば、最初から最後までもがき続ける時もある。それが僕のやり方である。この街で戦うことから逃げるなんてご法度、何言われたって札幌在住のワタナベシンゴなのだ。友達や知り合いがいると安心する。だからと言って一人の人が不安になる時間にするつもりなんてないし、目の前には僕がいるじゃないかと偉そうに堂々と迎えたい。寂寞の果て次回は9月23日、チケットは即日完売、しなかった。まだ、残ってるらしい。悔しい。告知不足だったかな、思いが少なかったかな。自分たちのイベントくらい、即日完売したいものである。終わった後、狸小路で路上、道外の人がたくさん来てくれていたのを知っていたってのもあるけど、それよりもなんか、うまくは言えないけれで気持ちがざわついていたため。部屋についてすぐ部屋を出た。もっと歌いたい。もっと歌いたい。ちくしょう。ちくしょう。って。翌日銀杏BOYZのライブ、行けなかった。夜、大通公園で路上。15分3曲で終わるつもりが、30分6曲やった。僕は多分、多分だけど、あの30分を忘れないと思う。そんな時間だった。30日、幌平橋で高校2年生のイトウカホと路上。カホから「路上やったことないんですけど、路上やりたいです。一緒にやってください」と言われたので、「よし、やろう」という具合で、この日にやることになっていた。豪雨の予報はあっさり覆り、空は淡く、気温は暑かった。彼女は、数年前に人生で初めて路上ライブというのを見たらしく、それが幌平橋での僕の路上だったらしい。物語は続くもんだ。15時半に幌平橋に着くと、…