ノロシヲアゲロのMC

今までずっと、こうやってやってきた。
「じゃあ次はどうしよう」って考えるのはいつも通り。「いつも通りやろう」っていう決断に至るのもいつも通り。「今回はこうやろう」というところに辿り着くのもいつも通り。「いつも通りじゃないことやろう」となるのもまたいつも通り。つまりは、その時その時でなにを大切にしたいかということだけで、やり方とか動き方とかが変わるだけで基本的にはすべていつも通りなのである。

5月に5年ぶりに開催になる「ノロシヲアゲロ」、前回のノロシヲアゲロを覚えている人やあの日会場に来てくれた人、きっとほとんど今はボイガルを見てないんじゃないだろうか。5年もあれば状況や環境が変わる人のほうが多い。勿論、今も来てくれてる人もいるだろうなあ。状況や環境が変わってゆく中でも時間や気持ちを見つけてきてくれる人。ありがとうございます。そして、新たに出会ってくれた人も。どっちがいいとか悪いとかじゃなく、どちらもありがとうございます。僕らはいつも通りを探しているだけである。



mother

motherとはまだ対バンしたことがない。ボーカルの山内彰馬が前にやっていたShout it Outというバンドの時はある。数年前、彰馬がボイガルのライブを初めて見てくれた日のことをよく覚えてる。渋谷だった。あいつは前の方で、お客さんに混じってじっとこっちを見ていた。出会った頃、既にあいつは人気者だった。酒を飲めば財布を無くしたり上着をなくしたりするような奴だったけど、全国各地で誰からも愛される奴だ。東京でも札幌でも幾度かの酒を交わした。2018年のとある夜、下北沢で飲みに誘われた。あいつは松葉杖をついていた。なかなか帰してくれない彰馬は、「シンゴさん、次の店で最後にしよう。だからもう1件行こう」と言う。薄暗いお店に入った。ずっと何か言いたそうだった彰馬は深いソファーに座って、バンドが解散することを教えてくれた。僕は適当に相槌を打って、ビールを飲んだ。解散前に、下北沢で2マンをした。打ち上げは無かった気がする。それから半年くらいが経って、今度は僕が一人になった。2019年に新しくしたアーティスト写真は、彰馬に撮ってもらった。先日、彰馬の新しいバンド・motherの初ライブを見に行った。ライブが終わって、新代田FEVERから下北沢まで歩いてる時にふと思い立って、FEVERに戻った。お客さん達とすれ違いながらFEVERについて、彰馬に直接、ノロシヲアゲロの誘いをした。出ます、と言ってくれた。


ズーカラデル

札幌で出会った、札幌のかっこいいバンド。メンバーそれぞれがズーカラデルの前に巡っていたバンドの時にライブハウスで顔を合わせていた。札幌は狭い。ベースのこたぽんは、会えばいつも810でのことを言ってくる。あの日シンゴさんに打ち上げで言われたこと守ってるんだよとかなんとか。何を言ったかさっぱり覚えていない、もう、6年くらい前のことだ。ドラムのりょっちは、いつもLOGで叩いていた。ボロボロのゼウスビルの地下に強く優しく響くりょっちのドラムはビールが進むものだった。ボーカルのノブは、いつぞやの弾き語りのあと、駅前通りの鳥屋で飲んで銀杏BOYZの話をしてくれたな。2017年9月、ズーカラデルの「リブ・フォーエバー」というCDが出て間もないころ、感動のあまり僕はツイートした。2017年の僕のベストCDだった。僕の記憶が正しければ、FINLANDSの冬湖ちゃんからリプライが来た気がする。あの頃からすでに、ズーカラデルはこの街の誇りだった。2018年にはボイガルのツアーにも出てもらって、ズーカラデルとは釧路と旭川に一緒に行った、KALMAも一緒だったな。ノブのことをノブという人はなかなかいなくて、僕が誰かにノブのことを話す時、いつも馬鹿にされる。なんだよノブってって。みんな大体、たかぴーさんとか、吉田さんとかで。うるせえ、ノブはノブだ。そんなノブはなかなか僕のことをシンゴと呼んでくれない。まあそれはいいか。札幌を飛び出し、東京の風はどうだろうか。体調崩してないだろうか。聞きたい話、たくさんあるんだ。アニー名曲みたいな話は、2017年に飽きるほどした。今回のお誘いをした後、ノブが電話をかけてきてくれた。嬉しかった。


SEVENTEEN AGAiN

ヒーローはいないと思ってた。ハイスタがそう言っていた。でもバンドを始めてから、生身のバンドに触れるようになって、この人達はヒーローなんじゃないだろうかと思うことが幾度か増えた。SEVENTEEN AGAiNは完全にそうだった。パンクを聴いて、日本のパンクを遡ったり関係地を探るのが楽しかった日々。誰々は元々ナントカってバンドをやっていてほにゃらら、とか。カナヅチのまま、慣れないインターネット泳いだ。2015年8月、大阪で初めて一緒だった時、緊張して遠ざけていたらたまたまエレベーターで一緒になってしまって、勇気を出してヤブさんに声をかけた。その年の9月、新潟ですぐ対バン。SEなし、板付でファシストから始まったのをよく覚えてる。SEVENTEEN AGAiNの後がボイガルで、僕は「ヤブさんの真似ですが」といって、SEなし、板付で喋りから始めた。思い返せばあの日、僕らの後にKiNGONSが出番だった。僕は、あれから新潟に行っていない。2017年9月、ボイガルのツアーだったENDLESS SUMMER 2017の仙台公演に出演してくれた時、下手側スピーカーの前で見た。2019年4月、メンバーが脱退してすぐに下北沢で一緒だった時、僕は弾き語りでの出演だったがヤブさんがずっと袖で見てくれていた。終わったあとに、「俺にはバンドが見えたよ」と言ってくれて嬉しかったし、それに勇気をもらえて、とりあえず2019年楽しく頑張るぞという気持ちになれた。この前の9月も、11月も、SEVENTEEN AGAiNは強く優しく今が最高だぞと教えてくれる。メンバーが脱退しても、変わっても、心にひとつ芯があればいいと。


FINLANDS

タイミングや、きっかけ、状況が変わるとき、基本的にはそれはどれも偶然なんかじゃないと思っている。いつぞやの仙台でのメガロックスの時に、enn 3rdで見たFINLANDSのライブが始まりだった。ベースの人が着てるコートがKBFで、その頃僕もKBFのコートを着ていたからって理由で、そんなもんだった。あれやこれやで、2017年9月ENDLESS SUMMER 2017のツアーで、福岡と広島の2公演に出演してもらった。かよちゃんも冬湖ちゃんも、こんなに楽しい人だったなんてあの時に知った。それからしばらくして、かよちゃんはFINLANDSを脱退し、冬湖ちゃんは一人になった。同時期に僕も、一人になった。それでも止まることなく、FINLANDSは何事もなかったかのようにFINLANDSのままで、その姿がかっこよかった。いや、たぶん、何事もないわけないんだけど、冬湖ちゃんのその進め方は僕にとってはそれだった。この前の12月、東京の下北沢にてというイベントの時、冬湖ちゃんが体調不良になり当日朝にキャンセルになって、急遽その時間を僕が歌わせてもらった。冬湖ちゃんに頼まれたわけではなかったけど、イベント側に提案されたことだったので喜んで受けた。FINLANDSを本来見る予定だったという方もその時間見にきてくれていて、僕は「FINLANDSの時間」としてもいいものしようと思った。オーバーナイトという曲が、ずっと好きだ。数日後、冬湖ちゃんが復帰し、弾き語りのイベントでボイガルの「二子玉川ゴーイングアンダーグラウンド」を歌ってくれている動画を見た。そういえば冬湖ちゃんは、あの曲が好きだと前から言ってくれていた。一人になったり、体調崩してキャンセルしたり、生まれたストーリーから誰かの曲を歌ったり、なんだか僕と似ていた。これはきっと偶然なんかじゃないから、誘ったら、一瞬で返事が来た。僕らは一人だ。


ナードマグネット

僕はやっぱりパンクが好きだし、英詞の歌も日本詞も好きだし、何よりグッドメロディが好きだ。ナードマグネットを初めて見た数年前の札幌moleで、中学生の頃にドゥーキー聴いた時のような気持ちになったのを鮮明に覚えてる。2017年10月、僕らのENDLESS SUMMER 2017神戸公演で、ナードマグネットとツーマンをした。ダブルレコ発として組んだあの日、関西で見るナードマグネットに心臓鷲掴みにされた。外は涼しかった。これまた不思議な話だが、あの日、公演1週間くらい前にmotherの彰馬から電話が来て、当時あいつはまだShout it Outだったけど「1 曲でいいので、出してください」って電話をかけてきた。僕は札幌駅北口でみんなにすぐ確認して、すぐ彰馬に「やるぞ」と返信をしたな。馬鹿みたいだな。打ち上げで、須田さんと彰馬とがちゃがちゃ飲んで、僕は酔っ払って動き出そうとするナードマグネットの機材車の行手を阻もうとしたりしてみんなに怒られたりした。去年6月、ボイガルが新体制になり初めての道外の日、フリーダムナゴヤという野外フェス。新千歳発の飛行機トラブルにより僕らの会場到着が大幅に遅れてしまい、僕らの1つ前にやっていたナードマグネットの皆さんの機材でライブをした。そのおかげで僕らはなんとか3曲演奏できたが、ナードマグネットがもしいなければ、あの日僕らは1 曲できたかすらも怪しかったように思う。須田さんのフライングVは、ストラップが低くて、パンクそのものだったけれど、あの日僕にそれを楽しむ余裕はなく、ただ目の前の時間を過ごすことでいっぱいいっぱいだった。その後誘われたナードマグネットのツアー札幌公演は、こちらの確認ミスで一度出演OKをしたのに、キャンセルすることになってしまい、ことごとく迷惑をかけ続けた。須田さんは、笑って、「全然いいんだよ、またやろうぜ!」と言う。それがグサグサきた。もう、見放されたまったかなと思った。また力を貸してもらうことになるけど、今度こそ僕らの力も見てもらいたかった。ナードマグネットが必要な気がした。もし機材トラブルが起きたら、僕のガタガタなギターを貸すんだ。


KiNGONS

さて、何から話せばいいのやらという感じだ。今回のノロシヲアゲロの出演者の中で、ボイガルにとって一番古くからの付き合い、そして一番再会に時間がかかっているバンドが、KiNGONSだ。ボイガルをやる前から、僕はファンだった。札幌SOUND CRUEにライブを見に行った時、30分の演奏の中でギターが7本くらい折れていた。破茶滅茶で、どしゃめしゃで、だけどポップで、どこか切なくて、狂気と激情と、とにかくやばかった。とんでもない瞬間を見てると思った。2011年9月、ボイガル結成半年の頃、SOUND CRUEで初めての対バンだった。それから、セッチューフリーというイベントで何度も共演した。僕が初めて道外のバンドで勝手にライバルと意識し始めたのが、紛れもなくKiNGONSだ。見に行ったSOUND CRUEも、初対バンのSOUND CRUEも鮮明。ボイガル史上最悪のライブをした日もKiNGONSが一緒、あれもサンクルだった。セッチューフリーサマーフェスタでトリをやるKiNGONSが憎かった。2012年のセッチューフリー北海道ツアー、BeeBeeさんがぶっ倒れて北海道来れなくて対バンのみんなでKiNGONSのボーカルやったり、2014年9月の北海道ツアーは僕の実家にkjさんと半ちゃんが泊まりに来たり、ファイナルの札幌の終演後は離れるのがさみしかったり、2015年KiNGONSのツアーで僕がぶっ倒れて全部キャンセルしたり、その1ヶ月後さっきも書いた新潟で再会できたり。本当にKiNGONSの音楽とライブと存在に、ぶちのめされて、叩き起こされて、抱きしめられて、またぶちのめされて。そんな風に僕はKiNGONSと過ごしてきた。何度か機会はあったけど、タイミングが合わず、対バンらしい対バンは、2015年9月の新潟から恐らくしていない。カイトもケントボーイズもトモヤさんも僕も、4人が共通してこのバンドが大好き!ってなったバンドの初めては間違いなくKiNGONSで、ボイガルを語る上でKiNGONSの存在は欠かせない。こんだけ空いてれば、今回のノロシヲアゲロに来るお客さんでKiNGONSを見たことない人は多いはず。きっと全部を切り裂いてくれる。そして全部をキラキラにしてくれる。休憩明けのKiNGONSのライブに、全員心奪われて、終わった頃にはみんな物販に並ぶ。目に見えてる。最高だ。もう最高な気分だ。KiNGONSが、全部やってくれる。


ircle

嫌いだった。怖くて、最初。初めては高崎、2016年6月、マイヘアが呼んでくれたツアーだった。FOMARE、ボイガル、ircle、マイヘアの順。覚えてる、忘れないもんだな。あの日、マイヘアのともは、「シンゴさん俺今日打ち上げ出れないんだあ」って言ってたの覚えてる。そして、それと同じくらい、いや、それよりも、ircleのライブを覚えてる。怖かったなあ。ボイガルのライブ、いい感じでやれた気がしたんだけだ、直後のircleが怖かったなあ。ああ、ircleって怖いんだなあって(笑)。スタンスも違うし、仲良くはなれなさそうだし、仲良くなりたいとも思わなかったな。くくく。ともは、最初からこうなることをわかっていたのかな、「かわちさんは、シンゴさんが思うほど悪い人じゃない」って言ってたな。そのあとたまたま下北沢で会って、たまたま飲んで、仲良くなった気がする。いつぞやのクレストで共演した時のircleにぶちのめされた。2018年の9月、ircleが呼んでくれた岡山と山口、地震の影響でバンドで出れず一人で出た。一緒にアホになるまで酒飲んでくれた。札幌来る時声かけてくれる。東京にいれば河内さんふらっときたてくれて、高円寺HIGHで飲んだりした。札幌でも飲んだ。カラオケも行った。ヒューマニズム、飛び入りさせてくれた。去年の札幌のとき、セブンティーンでベースのいいさんが「シンゴ来い!」ってアイコンタクトしてきて、マイク奪って歌った。まだ2曲目とかだったけど飛び出した。ダブサイの正和さんに「俺はircle初めてなのにシンゴがマウントとってきた」ってTwitterに書くくらい、僕のircleだった。河内さんとこっそり札幌で飲んだ日もあった。二人で立ちションをした。ircleはこの1年半くらいで一気に会う回数が増えたバンド。ircleにとっては違うかもしれないけど、僕にとってはそうだった。2018年、SONG FALLS TOURの初日仙台公演にも出てくれた。怖かった先輩は、まあ今も怖いし厄介だけど、今日は傍にいてくれませんからって時にいてくれる。だからこれが最後でもいい、ノロシの日に呼ばないわけにはいかない。宣戦布告。


ハルカミライ

嫌いだった。知り合いのバンド、ハルカミライを知ってる地方のお客さんたちに、「ハルカミライとやりなよ!絶対合うよ!」とか言われてて、それがすごい嫌だった。なぜか(笑)。ナインスアポロのイベントで札幌きてたとき、確かmoleだったと思うけど、ナインスアポロのバンドだけでやってた日。札幌の出演バンド、ゼロ。ソールドアウト。全部にムカついてた。そのあと、札幌のお客さんたちにも色々言われ始めた。yonigeが呼んでくれたツアー、渋谷クレストの日。ハルカミライと3マンだった。ここが世界のまんーなーかーという歌を歌っていた。僕は、ここが世界の真ん中で、という歌を歌った。ムカついてた。打ち上げで、ノリについていけなかった。ムカついてた。ムカついて、途中で帰った。ああ、こういう系かって思った。それから、なぜか、ほんとになぜか、ずっと意識してた。多分マナブも、僕のことが嫌いだった気がする(今もかもしれないけど)。でもどこかで、やっぱもう一度ぶつかろうと思った。2017年8月と10月、ENDLESS SUMMER 2017ツアーで、大阪と名古屋に誘った。ツーマンでいきたいと誘った。その大阪の日、会ったの2回目。楽屋もずっと空気悪い。お互いライブする。バチ。打ち上げ行く。ドカン。そんなもんだ、男なんて。あの日の打ち上げ、多分一生忘れない。ずーっとハモネプとチャンプルの話。ずーっと学生時代のバンド名の話。べろべろになって、真夜中の心斎橋でマナブとダンスバトルして終了。それから、ハルカミライの音楽が、ずっと邪魔で、ずっと心強くて、ずっと僕だけのものだった。ロックンロールは、僕のためだけにあるって思えるのがロックンロール。気づいたら、ここ数年で一番対バンしてるのがダントツでハルカミライ。きっと彼らは違うと思うけど。僕には、この人たちがいなかったら今頃どうなっていただろうかっていう人達が何組かいるけど、ハルカミライは紛れもなくそれ。認めざるを得ない。あっという間に遥か彼方に背中はあるけど、先日幕張8888人を即完してるようなバンドだけど、1分後にはOKの返事が来た。ハルカミライのお客さんが、この日の他のバンド見てくれたら嬉しいな。


SULLIVAN's FUN CLUB

札幌のバンド。20歳くらい。この時間、この順番、このポジションに出てくる札幌のどうしようもない4人組。以上。他に説明することはありません。物語も、話せる過去も、思ってることも幾つもあるけど、この日に繋がることでここに書くべきことはこのバンドにはありません。もう一度言う。この時間、この順番、このポジションに出てくる札幌のどうしようもない4人組。以上。他に説明することはありません。絶対見てください。




mother、ズーカラデル、SEVENTEEN AGAiN、FINLANDS、ナードマグネット、KiNGONS、ircle、ハルカミライ、SULLIVAN's FUN CLUB、スタッフのみんな、どうもありがとう。本当にどうもありがとう。そして来てくれようとしてる方、ありがとうございます。

札幌、北海道のみんな、東京でとりあえずノロシやってきます。
札幌の鳴かず飛ばず代表THE BOYS&GIRLS、ドカンとやって、ワンマンツアーに向かう。





邦ロックじゃ繋がれないから、僕は本物のストーリーを生きて繋げていきたいだけです。

そして、こんなしょうもない長ーいブログをここまで読んだようなあなたにも、そうあってほしいだけです。

コメント

  1. 念願のノロシヲアゲロ参戦。シンゴさんを信じて良かった。期待して良かった。間違いじゃなかった。当たり前だけど。あと99日。楽しみにしています。

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    1. 好きなバンドは人それぞれだと思いますが、「あいつ集めたなら見たことないバンドがいても絶対最高だな」って思ってもらえるようなものにしていきたいです、僕も楽しみです。

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