器上の秋
生まれ育った実家がある中標津町は、自分が今暮らしている札幌からでも車で5時間半くらいはかかる。それでも、高速がだいぶ道東まで伸びたので数年前よりかなり近くなった。
自分が小学校3年生くらいの頃だった気がするけど、母親が水彩画サークルに通い始めた。
それまで『絵』のイメージはなかったから、子供ながらに「なんで急に?」と思った。
それから毎週火曜日、サークルで母親がいない日の夜ご飯は、決まってカレーライスだった。
決して早いペースではなかったかもしれないけれど、定期的に完成していく絵はすべてすごく丁寧なもので、その古さの割には大きかった実家の玄関や廊下にポツポツと飾られていった。季節によって描かれる花たちが変わるおかげで、家の中にも四季が存在していた。
描くのはほとんど植物だけれど、サークルに通い始めた割と初期の頃に完成させたアゲハ蝶の絵は鮮明に覚えている。標本かと思うくらい、「これほんとにおかあが描いたの?」と何度も疑った。酔っ払った父親が昔、「ありゃびっくりしたな。完璧にアゲハ蝶がいたもんな、ありゃ絵じゃねえ」と最高の褒め言葉を言っていたのは笑った。
特に、何になるでもなく、何を目指すでもなく、淡々と黙々と穏やかに毎週通い続ける。
ゆっくり自分のペースで、描き進めていく。
なんとなく始めた水彩画サークルが、気づけば母親にとって生きていくために大切な場所になっていったのだと思う。
何より、家族みんなが、廊下に飾られるいくつかの作品をいつも楽しみにしていた。
THE BOYS&GIRLSで2020年7月に出した3枚目のアルバム『大切にしたいこと』。
バンドが新体制になった2019年を経て、間髪入れずにコロナ禍に突入して、そんな中で完成したアルバム。振り返るといろんなことが定まっていなかったあの頃だったかもしれないけれど、それでもなんとか作品を残すということが自分の中では大切な気がして、半ば強引に完成させた。
ぽろぽろと出てくる「もっとこうしておけば」や「もっとこうできれば」とにらめっこしながらも、そのすべてが後悔かというとそういうわけでもない。なにもしないよりは、あの頃作れてよかったと思っている。
この『大切にしたいこと』の歌詞カード内は、すべて、母親がこれまで描いてきた絵で構成することにした。
これまで実家に数点飾られることしかなかった作品たち、母親にとってはじめての個展は息子がやってるバンドのCDの中になった。
実家でこれまでの作品をすべて見せてもらったとき、いろんな気持ちや景色が思い出された。
「この絵が玄関に飾ってあった時ってさ」とか、
「これはほんとに時間がかかったなあ」とか母親自身も。
歌詞カードの中ではあるけど、母親がずっとコツコツ続けてきた作品たちと自分の作品を重ねることができたのは、嬉しかった。
今月の20日から今日25日まで『全道シルバー作品展』という展示が札幌にある【かでる2・7】で開催されていた。絵画、書、写真、工芸、俳句、川柳、短歌と分野に分かれつつ、道内の60歳以上の方の様々な作品が並んでいて、上は96歳の方の作品まであった。
ここに、母親の絵も展示されていた。
実家じゃない場所で母親の絵が展示されているところを見たのなんてきっと、20年以上ぶりな気がするし、そもそも札幌にその作品があるなんてきっと、初めてだったように思う。
言葉を発するでもなく、音が出るでもなく、本人の説明文があるわけでもなく、ただそこに母親が描いた絵が存在していた。
かくいう息子はというと、鬱陶しいくらいに毎度言葉を並べ、説明ったらしく大声を出し、ダラダラと嘘くさく信憑性のないようなことばかり言っている。ろくに歌も歌わず、その時の感情に任せて自分勝手に叫び散らし動き回り泣き喚いている。
全てを放り投げ、公園でぼーっと110円のコーヒーを飲んだりしている。
向こうで小さなボールでサッカーをしている小学生たちの方が、自分なんかよりも数段信じれる言葉を持っているだろうなとすら思う。
母親は、「気づいたら30年経ってたわ」と笑っていたが、きっと大切なんだと思う。
小さな町の小さな部屋で、絵を描くようになったから出会えた仲間と毎週集い、それぞれのペースでそれぞれの絵を描いていくこと。そのこと自体がすごいことで、そして何より大切なんだろうなと思う。
パワーをもらったと同時に、展示ホールの隅で少し立ち尽くしてしまった自分がいた。
母親の作品のタイトルには『器上の秋』とつけられていた。
帰り道も、帰ってきてからもずっと、その意味を考えている。
素敵です
返信削除お母さんもシンゴさんもそれぞれが素敵です
僕は全然ですが、母親には頭上がらないので長生きしてほしいですね
削除お母様も遠く離れた息子さんの街で息子さんが見てくれたこと喜んでいらっしゃると思います。大切にしたいことがより聴きたくなりました!我が家の大切にしたい亡き愛猫とシンゴくんが書いてくれた愛猫の名前の書かれたサイン入りポスターは今日も向かい合い見守ってくれていると感じて私の元気の源となってくれています。
返信削除是非聴いてみてください、歌詞カードも見てほしいです!なるべく元気でいれるように、うまいことやっていきましょう
削除「鬱陶しいくらいに毎度言葉を並べ、説明ったらしく大声を出し、ダラダラと嘘くさく信憑性のないようなことばかり言っている。ろくに歌も歌わず、その時の感情に任せて自分勝手に叫び散らし動き回り泣き喚いている。」その通りですね
返信削除わざわざコピペまでしてありがとうございます!
削除子供が産まれてなかなかライブに行かなくなったけれど、久々にブログを読みにきました。やっぱりシンゴくんの言葉が好きです。
返信削除私にも、もっとこうしておけばがたくさんあります。でもたしかに後悔ではなくて、むしろ必要な傷だったと思うことすらあるなと思えました。ありがとう。
いろんな形がありますので、とにかく日々が穏やかであることを祈ってます!ライブはきっとまたその時が来ると思いますのでね。
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