投稿

6月, 2019の投稿を表示しています

限りない夢を

イメージ
バンドというものがひとつの灯りだとするならば、このTHE BOYS&GIRLSというバンドは本当に小さな電球だなと思う。少ない光量しか持ち合わせていなくて、灯せる範囲なんてこれっぽっちで、見渡す限りが明るくなるわけでもない。なくしてしまった鍵とかリモコンとか、しばらく使ってないハサミとか、探せるものとか見つけれるものはきっとそれくらいの、小さなものなんだと思う。それでいいし、そうだといいなと思う。蛍光灯より小さな裸電球で、その方が暗かったことを忘れずにいれそうな気がするのは僕の弱々しい性格からだろう。でもなんとなくこのバンドはきっと、そうあるべきなような気がしている。そんなの感じ方はきっとそれぞれだからこんなこと言うのは野暮っちゃ野暮なんだけど。例えば太陽のように思ってくれる人もいるかもしれないし、例えば押入れの中から画鋲で戸に穴を開けた時に差し込んできた小さな小さなあの光のように思ってくれる人もいるかもしれないし。ただあくまでも僕は、当人だから、そんなような気がしているだけ。追いついていてもいいし、追いついていなくても別に問題はない。 みみばしるが終わって札幌に帰ってきた3月4日、あの日から3ヶ月半。 文字にすると、あれだな、めちゃくちゃ短いな。この3ヶ月半が濃すぎて、思い出すだけで何でもいいからサラダ食べたくなるな。シャキシャキのやつ。 オリジナルメンバーとの最後のワンマンツアーがあって、間に弾き語りのライブもあって、間でサポートメンバーとのスタジオも入り始めては曲を書いて。4月になっても同じように毎日のように歌ってはスタジオに入り、そして「陽炎」のレコーディングをして。MVも撮った。気づいたらあっという間に新体制初めてのライブがあり。そして変わらず弾き語りのライブもあり、あれやこれやで新体制2本目のライブがあり、弾き語りやって愛葉集のレコーディングあって、声出なくて別の日にまた東京行ったりして、東京のサポートメンバーともスタジオに入ったりしながら弾き語りでのライブはあり、気づいたら「明転ツアー」が始まっていた。 油断すると、まるで一年分の活動をしたような気分になりそう。あぶね。 6月20日、札幌cube garden、暗闇からここまで来たんだ。 リハーサル、明らかに何かが合わない。何かはわからない

僕とひょっこりはん

ずっと、今日みたいな天気だったらいいな。 晴れてて、適度に雲が広がっていて、適度に風が吹いて、適度に6月で。特に誰に連絡をするでもなく、イヤホンから何を流すでもなく、陽が傾いていくのをなんとなく背中で感じているだけでも虚しくはないみたいな。 誰かの幸せなニュースに、関係のない誰かが過去を掘り返しては、それを誰かに伝えていく。「ああ、なんて幸せなニュース!(でも確かに昔はこうでこうでこうでほにゃらら、、、)」。気持ち悪くて吐きそうになる。結局、徒党組まなきゃトイレにも行けない人ばかりで、しかもそれが正しいトイレの行き方みたいで、やんなっちゃうよ。 なるべく、カタカナ語は使わないようにしないとな。「思い出のアップデート」って何?思い出が増えていくとか、そういうのじゃだめなのかしら。誰しもが抱くマイノリティでセンセーショナルなパラサイトはワールドワイドでリスキーでオーガナイザーがフィックスするツールのスーサイドによりチルアウトがドロップしてジャスティス。何?誰かのインタビューを読むと、最終的に自分の頭の悪さと言葉の引き出しの少なさが露呈されて終了することが多々ある。とほほ。 僕はもう、12年ほど美容室に行っていない。ずっと自分で切っている。前も後ろも横も。100均のスキバサミと普通のハサミを使って、毎度毎度、適当に切っている。なので、実かかなりベテランだ正直。美容師で、切るようになって12年って、なかなかだ。それもあって、毎回ほぼ同じ髪型になる。自分の中でうまく行った時と失敗した時があるんだけど、はたから見れば毎回同じだ。基本形がこの髪型になって、10年が経った。正直僕はこの髪型にしたくてしているわけではなくて、結果これにしかならないのである。だけど僕はいいとも悪いとも思っていない。それは、ばあちゃんに言われた一言にある。 ばあちゃんが一人で入院している頃、レンタカーを借りて釧路まで会いに行ったことがある。僕だけ正月も帰れないのが年々増えてきて全く会えていなくて。ばあちゃんが入院したのを聞いて、時間見つけて会いに行こうと思った。おかあに「ばあちゃん、あんたのこともうわからないかもしれないから、覚悟していきなさいよ」と言われたのを覚えている。当日、詰所で「面会にきたのですが」と看護師さんに聞いて、ばあちゃんの部屋に連れて行ってもらった。ばあちゃん